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2014年5月 3日 (土)

2014.05.03大日杉~飯豊本山往復

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1.山域・メンバー 飯豊・桃パパ

2.行動記録
04:54大日杉(600)~05:30ざんげ坂(780)~06:17御田(1000)~08:06~15地蔵岳(1539)~11:02~17切合(1740)~12:04草履塚(1908)~13:28本山(2102)~13:49~58三角点(2105)~14:12本山(2102)~15:20草履塚(1908)~15:44切合(1740)~17:54~18:01地蔵岳(1539)~18:35御田(1000)~18:54ざんげ坂(780)~19:09大日杉(600)

3.報告
    雪伝いに懺悔坂の右に出た。懺悔坂の上は夏道にイワウチワが咲いていた。830mからまた雪が出てきた。ブナの芽吹きがまだで、騙し地蔵に横向きからの尾根が合わさるのが良く見えた。長之助清水の下から完全に雪の上を歩いた。長之助清水からは水音が聞こえなかった。御田の大杉から樹間越しに本山が見通せた。1100m位でトラバースして尾根に乗った辺りから尾根が太くなっていった。騙し地蔵から地蔵岳の登りで右手に朝日が見えた。

   地蔵岳で振向くと吾妻が青く、その右奥に磐梯山と櫛ガ峰が見えた。この先1508ピーク付近は雪庇が崩れかけ、北斜面の雪を使う所が多かった。地蔵清水も目洗清水もまだ雪の下だった。御坪の4本のダケカンバの先で早めに斜降したら御沢左岸尾根取付より下流に出そうになったのでトラバースして辻褄を合わせた。御沢左岸尾根も大きなクラックはなく歩きやすかった。

   切合から先はかなりバテた。天候の崩れの予兆か11:20頃大丸森尾根の方向に暈雲が見えた。大日の方向から少し暖かい風が吹いてきたと思うと5~7m位の風になった。そして、しばらくその位の風が吹き続けた。草履塚の北側の下りは夏道に軟雪が詰まり、歩くとぬかった。

   御前坂の登り、一王子の手前で風が強くなり視程が短くなった。本山小屋はまだ冬季入口から出入りしていた。神社にお参りしたとき、時間も遅いし視程もなくなったので帰ろうかと思った。しかしこの先の視程のないところが意義深いので三角点に進んだ。

  三角点は大日岳の方からの風が10m/s弱吹いていた。本山小屋の下まで戻ると本社(オムロ)の沢から来た泊りのスキーの人が横になっていた。相当ハードな感じだったが満ち足りた表情をしていた。一王子~御前坂標柱間は時間短縮のため東側の雪を使ったが、視程が短いためあまり変わらなかった。御前坂標柱で風が少し緩んだ。草履塚南側の雪面も見通しが効かず、藪沿いに降りたら誤って西の尾根に乗りかけたのでトラバースして修正した。切合で一度風が止んだ。雲の底は1760m位で、切合の下は視程が確保されていた。種蒔山ルートから来た人に手を振られたけど、時間も遅いので御沢にグリセードで降りた。

   

 
   御坪への登り返しは、行きのミスリードを反省して夏道沿いの堅実なルートを取った。風が再び出始めた。体が雪庇側に押されたので10~15m/s弱位だったと思う。1508Pの登り返しから雨が降り始め、ネックゲータの上から目出し帽を被り、雨具の下と冬手袋をつけた。地蔵岳の登り返しで雨が止んだので、雨具の下を外した。

   地蔵岳には赤いツェルトが張られ、稜線が隠れた主稜が見えた。そこから騙し地蔵までは快適な下りだった。尾根の陰に入ると風も消え楽になった。騙し地蔵の下、1300m位で葉を落とした木々の向こうに御田の大杉がチョコンと見えた。

  懺悔坂からも雪を拾いながら降りれた。杉林の手前でヘッ電を点け、駐車場に戻ると、関東から来たらしい人が一人、食事の支度をしていた。

4.感想
①良い雪だった。特に地蔵岳から下は、ここ数年で1番位の雪だった。
②アイゼンは持たなかった

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コメント

大日杉で、お話を伺った関東からの登山者です。
貴重な情報ありがとうごさいました。
私も4日に本山往復しました。
下山中に遺体を発見したのですが、
あとで、地蔵岳の赤いツェルトが気になりました。
亡くなられた方は3日に入山されているようなんですが、
3日朝にツェルトはありましたか?

度々すいません。
本山小屋で泊まりの山スキーの方を見かけられたというところを読み飛ばしていました。
その方かもしれませんね。
記事によると身元確認は簡単ではなかったよう。
滑落中に、ザックなんかは剥がされてしまうので、身元を確認できるものをしっかり身につけていないとだめだと思いました。

お疲れ様です。
①3日朝にツエルトはありませんでした。
②14:12頃本山小屋トイレの下でスライドした方は、「泊まり」と言って本山小屋に移動されて行きました。

詳細はわかりませんが残念な事故でした。

おはようございます。
3日に歩かれていたのですね。私は泊りで4-5日、お会いできず残念でした。
くだんのツエルト、4日の午前には地蔵の山頂にありました。無人で、気になっておりました。
多分その方のものだと思います。下山後報道に接し、亡くなられたことを知りました。
4日は剣ヶ峰にヘリが飛来し、遭難者を吊り上げておりました。
本社ノ沢の方は5日の朝飛来したヘリで収容されたのでしょう、
5日の地蔵通過の際に、ツエルトは片づけられておりました。
ご冥福を祈りたいですね。

今も事故の事を考えていました。事実の解明を待ちたいですね

初めまして
地蔵岳の赤いツェルトは私です。
5/3夕方張って5/4本社ノ沢出合から左岸尾根を登って下り、登り返して泊、5/5下山しました。
本社ノ沢出合に戻った時登りのスキーの跡が2人分ありました。
地蔵岳の登り返しで本山から1人のシュプールが見え、もう1人はどうしたのかと見てました。
5/5朝ヘリがまっすぐ本社ノ沢へ飛んでいきました。

山川さん書き込みありがとうございます。こうやって事実が一つ一つあきらかにされていくのはとてもいいことだと思います。よろしければ記録など拝見したいです。

はじめまして。
長文で失礼します。

5月3日~4日で大日杉からスキーで入山しました。
地蔵岳の登りで、先行していた単独の男性の山スキーヤーを追い越しました。
「今日はどちらまで行くのですか?」と聞きましたら、「本山小屋まで」とおっしゃったので、
本社ノ沢経由かな?と思いました。
大きなザックで登るのが大変そうでした。
私が地蔵岳を通過したのが11:00くらい。
私の後方にいたその山スキーヤーが、たとえば11:30頃、地蔵岳を出発して本社ノ沢経由で本山に向かったとしても、桃パパ様が山スキーヤーを見かけたという14:12頃に本山小屋に到着するのは少し厳しいかなと思っていますが、いかがでしょう?
3日午後はガスと風が出て、「あの山スキーヤーは無事についたかなー」と少し心配したのを覚えてます。
ちなみに私は、3日は切合小屋泊、4日御秘所沢を滑って帰りました。
帰り際に、Neuronさんと思われる方が左股を滑ってくるのを地蔵岳あたりで眺めてました。
山の事故は、本当に残念ですね。
心よりご冥福をお祈りしたいと思います。

わだっしさん、こんにちは

①会われた方と、私が見た方、遭難者との突合は、遭難者のビジュアルから追うのが一番近いと思いますが、それはしてはいけない気がします。だから結論は、「会った人が遭難者かはわからない」のですが、
②私が、本山小屋トイレでスライドした方は「本社の沢から来た」と言ったとき誇らしげでした。ただその時は別なカップルのパーティの行程が気になっていたものですから、その人たちの情報を聞いてしまいました。もっと褒めてあげればもっと話せて、また別な展開があった気がします

赤いツェルトは遭難された方のものではなかったのですね。
失礼致しました。
GPSの記録などを元に、山岳会の方達によって、
事故の経緯が明らかにされ、今後の登山の安全性に寄与されることを望みたいです。

遭難されたのは雪氷学会の方のようですね。GPSを携帯されていたような'ので、ログ等の検証がされることと思います。

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