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2013年9月29日 (日)

2013.09.14~20上高地~扇沢

①蓮華岳 ②キレット ③17日07:18キレットで振り返る ④トラバース ⑤岳沢小屋 ⑥15日槍が一瞬出た ⑦北穂から富士 ⑧西鎌尾根から槍 ⑨薬師岳 ⑩北穂小屋直下 ⑪真砂分岐の北側から槍 ⑫奥穂 ⑬浅間から日の出 ⑭16日夕方台風が去りキレットが出た⑮蓮華乗越 ⑯七倉乗越

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1.山域・メンバー 北アルプス南部・桃パパ

2.行動記録
9/14
06:10上高地BT(1500)~06:30岳沢分岐(1520)~08:14~26岳沢ヒュッテ(2180)~09:29カモシカの立場(2508)~10:38雷鳥広場(2841)~11:02~22紀美子平(2920)~13:12南稜の頭(3150)~13:26~45奥穂高岳(3190)~14:27~47穂高岳山荘(2983)~18:05北穂高小屋(3090)

9/15停滞

9/16停滞

9/17
06:12北穂高小屋(3090)~07:58~08:09A沢のコル(2800)~10:21~41南岳小屋(2970)~12:19中岳(3084)~13:45~58槍岳山荘(3070)~14:46千丈沢乗越(2720)~18:18双六小屋(2540)

9/18
05:47双六小屋(2540)~06:09分岐(2600)~08:19~31三俣山荘(2540)~09:00黒部源流碑(2400)~10:32~53岩苔乗越(2730)~11:59~12:29水晶小屋(2900)~14:41真砂分岐(2790)~15:46野口五郎岳(2924)~16:23野口五郎小屋(2870)

9/19
05:03野口五郎小屋(2870)~07:20~29烏帽子小屋(2530)~09:11南沢岳(2625)~10:41~11:01不動岳(2601)~13:46船窪岳第二ピーク(2459)~15:13船窪第一ピーク(2300)~15:28船窪乗越(2180)~16:56船窪小屋(2460)

9/20
05:31船窪小屋(2460)~05:57七倉山(2500)~08:13北葛岳(2551)~09:05~16鞍部(2280)~11:35~58蓮華岳(2798)~12:49~13:15針ノ木小屋(2536)~16:45扇沢(1420)

17:00扇沢(バス1330円)~18:13信濃大町駅(大糸線650円)~19:13松本駅(ホテル泊)~9/21 08:35松本BT(1550円)~09:40さわんどバス停(車回収)~9/22AM03:00帰宅


3.報告
9/14 沢渡~上高地タクシー相乗1000円。明神池に霧が立ちこめている。紀美子平は乗鞍までの展望。奥穂が混んでいたので東側から神社に上がる。北穂で台風を迎えたくて奥穂小屋で北穂を予約する。涸沢岳から先は相変わらずきつい道だった。良く反響する空間なのでヨーデルの練習をした。夕食は生姜焼。一泊二食9000円。

9/15 台風18号で前線が活発化して雨で停滞。ヤマケイ7,8月号を見ながら過ごす。朝は目玉焼き、昼はピザ、夜は鮭のムニエル。連泊で一泊二食7700円。夜半風雨。

9/16 台風18号通過。ヤマケイ7,8月号を見て過ごす。風雨が最も強かったのが10:30頃。夕方に晴れてキレットが出た。キレットを見ながら気をつける箇所を教えていただいた。朝は出汁巻卵。夜は野菜炒め。一泊二食7700円。夜は、チーズと生ハムの盛り合わせでワインを飲んだ。僕はお金の使い方が下品だったかもしれないが、北穂3連泊はこの先ないと思い色々頼んだ。カメラGRⅢは、先日の富士で砂が入り露光が8秒しかできなくなった。夜の常念はそうして撮った。

9/17 快晴。小屋の人が軒先のつららを撮っている。鰆の西京焼きを食べて小屋を出る。小屋から少し下がっただけで、緊張で息遣いがハアハアする。とりあえず水を減らし荷を軽くする。本で見た鎖のルンゼと飛騨泣きはそれほどでもなかった。飛騨泣き後のA沢のコルへの下りは間違った踏み跡を遮るようにロープが張られていた。気のせいかもしれないが飛騨泣き前後で北穂小屋から視線を感じた。A沢のコルで休んだ後の長谷川ピークの高度感はさすがと思った。長谷川ピークを過ぎると、登りになって安心して歩けた。大キレットは槍から来るより北穂から行く方が、やばい所の下りが多く難しい気がした。

 南岳から先もアップダウンがあったが楽な道だった。本能が双六に行けというので、穂先に寄らず、西鎌を下りた。千丈乗越までは斜面を緩やかに下り、尾根の険しさを殺したいい道だった。その先はかなり長かった。右手の白い岩に囲まれた沢から硫黄のニオイがプンとした。双六小屋は水が豊富でシャツとパンツと靴下を洗った。スマホの電波は入らなかった。左足の薬指に靴擦れが出来ていたのでパワーパッドでケアした。

9/18 双六から三俣小屋まで巻道。途中水が出ていたので着ていたシャツとタオルを浸け水のしたたるまま被った。黒部源流に回ったのは確実に烏帽子小屋に進むためだったが、それでもバテた。岩苔乗越で休んでいると高天原から来た人が話しかけてきて、ゆっくり話しているうちに、ゆっくり行こうという気になれた。水晶小屋から白い山が見え、それが野口五郎だった。真砂分岐の手前は岩の堆積した道だった。真砂分岐でついにカメラが壊れた。野口五郎の上は電波が通じた。野口五郎小屋は古い小屋だが電波のブースターが有りスマホが入るのがありがたかった。水は天水で少し癖があった。

9/19 早出で船窪を目指す。途中岩が少し堆積してたけど烏帽子小屋まで楽な道だった。烏帽子岳を過ぎると透き通った水を湛えた池糖があった。南沢岳の下りから噂の崩壊しやすい尾根になった。砂っぽい尾根で、アップダウンも多く標高が低いため暑さも気になった。不動岳で弁当を開けると焼肉が入っていた。

 不動岳から船窪第二ピークまでの道は細部は憶えてないがログの飛び方から見てもかなりの険路だったと思う。ダム湖を挟んで槍がきれいに見えるのだが、見ている余裕がなかった。(疲れと暑さで視野が狭くなる感じがした)道はよく整備されていたが枯れかけた根に支点をとっているものが一カ所あった。第一ピークまでも気を抜けない登路が続いた。第一ピークから船窪乗越までは穏当な登路だった。乗越からは針ノ木谷出合に伸びる道が続いていた。

 船窪小屋への登り返しは疲れていてゆっくりになったけど落ち着いた道だった。船窪小屋の手前で小屋の人が鐘を鳴らしてくれた。小屋に到着すると玄関前でお茶がでてきた。これは有り難かった。船窪小屋は多分礼文の桃岩荘みたいな感じで、ホスピタリティに感心した。夜の料理は町で食べてもおいしいだろう。水もわざわざ水場から汲んできたものでおいしかった。ふとんもふかふかで電源がないのでスマホの充電ができないのを除けば全て満足だった。

 夕食の後は「お茶会」ということでネパールの甘いお茶が一杯ずつ振る舞われた。その中でご主人から有峰の話を聞いた。1人ずつ自己紹介する中で70過ぎのおばあさんが、「20年前焼岳から親不知に抜けた。又やりたくて来た。」と言った。それを聞いて心に深い物が残った。

9/20 今日下りようと思った。小屋の少し先で富士が見えた。優しい富士だった。七倉岳から北葛岳の間はアップダウンや鎖もあったが昨日ほどではなかった。北葛岳から蓮華岳の鞍部に下りていくと、蓮華岳から下りてきた人が最後のクサリを前に「ハアハアハアハア」と大変荒い息をしていた(100m離れて聞こえる位)。自分の大キレットを思い出しておかしくなった。なかなか動かなかったので、鎖の途中まで上がり。降りるよう促した。

 蓮華の下の方の道は厳しめだったが岩質もよく、船窪岳に比べれば天国だった。2500mから上は歩きやすい道になった。蓮華岳から遠くなった槍や富士を撮った。針ノ木小屋でまだ富士が見えた。雪のない針ノ木谷を降りた。ノドの高巻で百瀬さんに会った。高巻が終わると50m位雪を歩き右岸に渡った。扇沢に下りてもまだ山が続いている感覚があった。

4.感想
 何かに憑かれたように「親不知に抜ける」と言った、おばあさんの言葉が耳に残る。こういう旅への欲求は人間の普遍的な業なのかもしれない。

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