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2004年6月 6日 (日)

2004年6月5日 須走~富士

Gps4 地形図 富士山 須走 19年前、富士宮口から富士に登った。そのときは、砂礫に潜る歩きにくい道、ガスで展望がなかったこと、高度による頭痛、などに参ってしまった。それなのに富士に行くのは、最近好きな山域が固定されてきたので、他の山で刺激を受けたかったからだ。

須走を選んだのは、緑があり、無理に登り口を上げていないところに好感を持ったためだ。そんなに苦労しないで登れると思ったが、5月22日は敢えなく敗退した。そうしたら今度は、登らないと故郷の山に帰れないような気持ちになった。
 01:40起床、02:16新潟~関越道~鶴ヶ島JCT~圏央道~入間~R16~八王子~中央道~大月JCT~東富士五湖道路~富士あざみライン~06:30須走口。ここまで398キロだ。狭山と富士五湖道路から富士がきれいに見えた。
 今日は夏下着に、毛のシャツ、ショーラのパンツだ。ザックには、ゴアのレインウェア、ウィンドストッパフリース、カロリーメイトのハーフ7つ位、豆乳 1.2L、水代わりの林檎1個を入れた。前回の反省から軽量化した。小屋の人の情報でアイゼンを置き、念のためピッケルを持った。
 06:47五合目(1970)、平坦な登路が北に200mほど続く。古御岳神社で西に向きを変え、カラマツ林に入り、黒い溶岩の道になる。今はまだ斜度 が緩く、約4.4kmのうちに標高差1800mを登るとは思えない。07:15振り向くとカラマツ林の向こうに山中湖が三日月形に見える。御正体山と石割 山の尾根が続く。歩くうちカラマツがダケカンバに変わっていく。林が切れると青空の中、富士が緩く見える。捉えどころのない山容で、山頂まで行ける気がし ない。登路も緩く、2200m位までなかなか高度が上がらない。けれど4時間ほど寝たせいか、前回のような頭痛はない。標高2200mを超えると、登路に 変化が出てきて標高も動き始めた。前方の林が切れると黒い小屋が見え、08:03~08:10本五合目(2425)。振り向くと東の展望が素晴らしい。も やの中、横浜ランドマークが見える。湘南の海岸線が続き、突き出た江ノ島がわかる。正面は山中湖と丹沢の山々、南東には箱根の山が芦ノ湖を抱え、その向こ うに海が続く。青空が広がり、雲はまだ遠く、大島が浮かんでいる。
 本五合目を過ぎるとダケカンバが低くなり始める。その低い木も急速に消えていき、08:50六合目(2627)では、もう草木帯に近くなる。ここまでとらえどころのない登路だったが、上に七合目の小屋が見え、登路が右の尾根に行こうとするのが、はっきりしてきた。
 木々が消え、溶岩の味気ない路を黙々と登る。09:20本六合目(2740)で振り返ると斜面が植生毎に緑、黄緑、茶色、黒と色分けされ、エアリアのようだ。行く手は草木帯も終わり、一層荒涼としている。
 10:00~10:11七合目(2920)。太陽館の人達が開業準備をしている大島の上だけ雲がかかるのが見え、天気図を目の前で広げられているよう だった。見上げると右の尾根の上に小屋が続いていた。歩き出すとSugiさんから電話が入り、今夜会う約束をした。この直後ランニングに短パンの人に抜か れた。自衛隊の人で、登山マラソンの練習のようだった。それはいいのだが、釣られて自分も砂礫の下山道に入ってしまった。潜る道で本七合まで時間が掛かっ た。10:59本七合目(3140)、味気ない登りを高度計の標高を励みに黙々と続ける。11:32~11:43八合目(3270)で吉田口から外人が二 人来て、大の字になってしまった。前回はここで風と雪のため撤退したが、今日は微風でいい感じだ。しかし歩き出すと登路が一層厳しくなった。高度により酸 素が薄くなっているせいか、力が吸い取られる感じだ。急ごうとしても急げないのだ。12:11本八合(3360)、12:33八合五勺(3456)、 13:09~13:16九合(3560)と進むほど、そういう気がした。難しい場所はないが、忍耐の要る登路で、九合目を過ぎると高度による頭痛が始まっ た。けれど歩けばかならず着く登路なので気が楽だった。九合目の先に、わずかに雪が残る箇所があったが登山靴で歩けた。上を見ると山頂の石組みが近づき、 振り向くと小屋が六合目まで続いていた。青空の中、狛犬が見え13:57久須志神社(3710)。少し進み、石組から見下ろすと、先程の外人がふらふらと 最後の登りにかかっていた。目の前に小銭を差し込んだ鳥居があり、14:08~14:57大日岳(3720)で展望を楽しんだ。休んでいると外人が九人位 来た。自然なテンションだった。ここからの展望については大きすぎて書きようがない。巨大な地図を広げたようで、南西の方がおそろしく遠くまで見えた。裾 野の地形は造りが大きく、北海道を思い出した。家に電話しSugiさんと自分の掲示板にカキコした。
 15:06下山道分岐からブル道に入った(3710)。入る前、先程の外人が来て、この道はなんだと聞いたので、早い道だが八合目で富士吉田口に入るの を忘れてはいけないと答えた。歩き出すと左手に登り道の小屋が点々と見えた。気持ちよく下り15:33八合目(3270)。靴紐を直すときGPSを切った のを忘れた。 16:06七合目(2920)で気づきスイッチを入れた。下りの八合目と七合目間のログが飛んだが、記憶では本7合まで南のブル道を大回り し、本7合から登りで使った道を辿った。七合目で太陽館の人に道を聞き、ブル道の200m程先で下山路を観察した。六合目の下まで白っぽい道が見え、ザク ザクと下り始めた。早く降りれるが、砂埃が立ち喉が渇く。足裏の皮と靴底が擦れ途中からスピードが落ちた。明瞭な道ではないので、登りの小屋を左手に見な がら道を外さないように下る。16:56砂払五合(2230)から、しばらくブル道を使い、森に入った。森に入るとスピードが落ちた。17:23古御岳神 社(1990)で登り道と合わさり、汗と埃にまみれ17:30五合目。小屋の人にお茶をもらった(1970)。天恵で風呂に入り(18:00から600 円)、御殿場でSugiさんと山と家の話をした。今記録を整理していても、もう昔のような気がしている。目の前の巨大な地図と天気図を体で味わった山行 だった。 20040606桃パパ
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